ミイの日々 飢饉も救う!青木昆陽とサツマイモの生命力

飢饉も救う!青木昆陽とサツマイモの生命力

 


いきなりですが、皆さんは青木昆陽(あおきこんよう)と言う人を知っていますか?

私も詳しく知っている訳ではないのですが、

なんとなく戦後?かそこらへんの食糧難の時にさつまいもを全国に普及させて飢饉を救った千葉県の偉人と覚えていました。

でも、このネット社会では検索すればすぐに答えが出てきます。

なので、今回きちんと調べてみました。

青木昆陽(あおきこんよう)

江戸時代に日本橋に生まれた儒学者でもあり蘭学者でもある。

江戸幕府8代将軍徳川吉宗の命令で飢饉の際の救荒作物として西日本では既に知られていたサツマイモの栽培を命じられ、現在の幕張や山武でサツマイモの試作を成功させた。

この結果、関東地方ではサツマイモの栽培が普及し天明の大飢饉では多くの人々の命を救った。

その後、蕃藷考(ばんしょこう)と言うサツマイモの栽培・貯蔵法などを記した本を書いたり、

甘藷先生と呼ばれるようになった。

これが簡単ではありますが、青木昆陽とサツマイモについてです。

えー、私アラサーなので今更ですが、いくつか間違えて覚えていました。

まず、活躍時期は戦後らんへん?の食糧難ではなく江戸時代の、飢饉でしたね。

それから、千葉県の偉人だと思っていましたが、生まれは江戸の日本橋で、何故千葉県の偉人かと思っていたのかと思ったら、サツマイモの試作を成功させたのが千葉県だったのですね。

そして、最後にサツマイモの作り方を全国に普及させたのかと思っていましたが、なんならすでにサツマイモは救荒作物として西日本では知られており、普及させたのは関東地方でした。

もうアラサーなので、ちゃんと正しい情報で覚えなおさないと・・・。

子どもに聞かれたときとか間違った情報を教えて、子どもも間違ったまま覚えちゃうといけないですしね。

でも、まぁ色々間違って覚えてしまってはいたものの

サツマイモが飢饉を救うくらい強い植物だって言うことはあってました。

私も、昨年長男の畑でサツマイモを育てましたが、特に何もしなくても順調に成長し収穫することができました。

【2歳8ヶ月】さつまいもの収穫体験をしました

今年もサツマイモの苗を植えたのですが、今年は植えた後に凄い大雨に遭遇してしまい・・・

なんと作った畝(うね)の土が流れて、サツマイモの苗が露出してしまっていたり、苗が流れてしまっていたことがありました。

雨上がり後すぐに、畝を直して露出してしまった苗は植え戻し、

流れてしまった苗も回収して植えなおしたのですが、

そのうちの何本かは、畝を流すほどの水量だったため、葉っぱがちぎれてなくなってしまい軸だけのタダの棒のような状態になってしまっていました。

さすがに強い植物のサツマイモといえど、葉っぱがなければ光合成ができないので、もう枯れてしまうのを待つしかないのだろうなぁと思っていました。

が、しかしそれから1週間ほど経つと・・・

なんと軸だけのただの棒になってしまっていたサツマイモの苗に再び若葉が!!!

でも小さい葉っぱ1枚だけなので、ここからどこまで復活するのかわかりませんが、

サツマイモの生命力に驚かされました。

もし、ここからまたどんどん葉っぱが増えていきツルがのび、他の元気なサツマイモ同様、秋には実をつけることができたのなら

江戸時代の飢饉を救ったのも納得できそうです。



0 件のコメント :

コメントを投稿

ママさんの育児等での実体験をコメントくれると嬉しいです!