長男がくしゃみをすると長女が風邪をひく
最近長男がちょっと風邪気味でした。
すると1週間ほどして、長女も長男と全く同じような症状が・・・!!
これ明らかに長男の風邪がうつってるじゃーーん!!
まぁ、同じ家で生活しているのだからうつってしまったものは仕方ない。
あーでも可哀想。。。
長女は鼻水が凄くて鼻が詰まってミルクを飲みたくても上手くのめないみたいで、泣きまくってました。
お腹が減って泣く→ミルクをあげる→鼻が詰まって上手く飲めずすぐに飲むのをやめる→お腹が減ったままなので泣く
の無限ループでした。
ただでさえ長女は平均より体重が軽くて軽くて心配しているのに、これじゃぁもっと痩せちゃうよ・・・。
と、言うことで病院に行ってきました。
長男も治りかけてはいるものの、まだ完全になおってはいなかったので2人まとめて!
診察自体は滞りなくおわったのですが、その後の会計待ちでのできごとです。
診察待ちだけで既に限界が近づきはじめていた長男。
子どもにとって待つってかなりつまらなくてきつい状況なんでしょうね、癇癪球が爆発しそうだったので、待っている間ジュースをのませることにしました。
このとき長男が選んだのは林檎ジュースだったのですが、パッケージに赤い林檎と青林檎の写真が使われていました。
長男「これなぁに??(青林檎を指差して)」
私「青林檎だよ(そういえば長男は赤い林檎しかまだ見たことなかったな)」
長男「青林檎?こっちの林檎(赤い林檎)と似てるけど違うね、黄緑色だね」
私「そうだね、緑リンゴは青林檎、赤いリンゴは林檎、あれ?でも緑色なのに青林檎って不思議だね??」
長男「不思議だね~」
私「そういえば、信号も緑色なのに青信号って言うけどなんでだろうね??」
長男「なんでだろうね??」
と言うような会話をしていると隣に座っていた奥さんが
奥さん「私、それ解決できますよ!!」
と言ってその疑問の答えを教えてくれました。
奥さん「昔は緑色の原料となるものが無かったから、緑を青にまとめてしまっていたらしいですよ。」
私「へぇ!!そうなんですね、ありがとうございます。」
と言う和やかな会話をしたのですが、よくよく考えたら緑の原料がなかったとしても緑色の草木は大昔からあったわけで、逆に信号機が発明されるくらいの時代になったら緑はもう色として確立してるんじゃないの??
と謎が謎を呼んでしまったので調べてみると・・・
確かに平安時代は色は「赤・白・黒・青」しか色を表す言葉がなかったそう。
そこで葉っぱなどの瑞々しいものは青と表現したそうです。
そういえば、青葉、青汁、青じそなど葉っぱ系で青と表現するものは結構ありますね。
それなら、瑞々しい緑色の林檎を青林檎と表現するのはわからなくないですね。
でも、そうなってくるとやっぱり信号機の謎が残ります。
信号機は瑞々しくはないですよね・・・?
ちなみに青と緑がわかれたのは鎌倉時代になってからだそうです。
うーん、鎌倉時代以降、緑が存在してたなら信号機の発明された時代にはもう緑はあったということですよね。
信号機の歴史を辿ってみると・・・世界初の信号機は1886年のロンドンでした。
1920年にはアメリカで、その後1930年に日本発の信号機がやってきました!!
1930年って言うと昭和です。
当然ですが緑色は存在しています。
ではなぜ?日本初の信号は緑ではなく青だったとか・・・?
じゃないんです、日本発の信号も青信号は緑色だったんです!!
じゃぁ何故!!?
その日本初の信号設置を記事にした新聞に「青信号」と表記されていたことが広まったからなんだそうな。
その時のライターも後世にこんなに残るものを書いたとは思ってもみなかったでしょうね。
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